晴れたり曇ったり

毎日空を見て暮らしています。良い天気の日もあるし曇ったり荒れたりする日もあるし、日々繰り返し。

旧作DVD 「真昼の決闘」

 テレビ朝日のモーニングショウで玉川徹が、「大事なのは、ウクライナが早く降伏して国民の命を守るべき」って云ってたみたい。

 大阪維新橋下徹もこう云ったらしい。

 ・・「祖国防衛のために命を落とすということが一択になるのは、僕は違うと思う」「ロシアが瓦解するまで、ちょっと国外へ退避してもいいじゃないですか」・・

 で、ウクライナは、ゼレンスキー大統領を先頭に祖国防衛に命をかけてロシアの侵攻に抵抗している。侵攻後10日経って都市その他破壊されながら抵抗を続けている。
 
 それを見て命の危機にも恐怖にも晒されない安全地帯にいて安直な他人事を喋ってる。ウクライナ国民の命を心配しながらプーチンの野望に手を貸してる。

 この背景は勿論多様複雑だけれど、一方的な軍事侵攻はイカンだろう。ロシアは2,3日でカタが付く位のつもりでいた。舐めてた。それが抵抗されロシア軍の失態が晒された。

 計算通りに行かずプーチンは怒ったでしょうね。だから核使用まで仄めかす。停戦交渉は3回目だけれどこうなったら引きようがない泥沼。ウクライナだって引けない。

 理不尽な戦争を仕掛けられここで折れたらウクライナの誇りは地に落ち国家、民族が途絶えてしまう。チベットウイグルの二の舞。この誇りを日本のテレビ芸人は理解出来ず間抜けな事を口走った。

 一方的な戦火の中でひるまず抵抗を続けるウクライナ人の矜持を理解出来ないでいる。誰だって死ぬのはイヤだし怖いんだけれど祖国のために逃げず戦う。

 無駄死にかね、犬死にかね。そんな事はない。近隣欧州は核大国ロシアに刃向かうウクライナを見てそれまでの態度を変えた。かつては東側の東ドイツを抱え込んだドイツでさえウクライナ支持を明らかにした。

 ゼレンスキー大統領がもし侵攻2日で白旗揚げ亡命してたとしたら欧州や他の国はウクライナを馬鹿にし民族の栄光は地に落ちる。後世まで軽んじられる。

 1人1人の命はそりゃ大事だけれど、人として、国としての名誉、尊厳も同じように大事。玉川某や橋下某は中国が攻めてきたら真っ先に逃げるんでしょうね。

 逃げてその先少しばかり命永らえたとしても、今偉そうに能書き垂れてるその口は閉ざされ中国人に脅され卑屈な毎日をおくるしかなくなるのは目に見えてる。

 それに比べたら戦火の国に残って体張ってるウクライナの男たちは立派でしょう。この先どうケリが付くのか判らないけれど国家、国民のために戦ってる姿は尊い

 
 これも国を愛する事を否定し教えてこなかった戦後教育の成果。どこの国でも国旗、国歌は大事にするのに、国旗を掲げる習慣さえ後ろめたい事のような空気が醸成され芯のない国になってしまった。 

 

   旧作DVDシリーズ、スーパーの本屋さんで西部劇大全集DVDを購入。10本入って1600円。中には黄色いリボンとか駅馬車とか、すでに持っている物もあったけれど見逃してきた作品が入っていたので購入。

 「真昼の決闘」がそれ、原題「ハイ ヌーン」、テーマソングを歌っているのはフランキー・レイン、子どもの頃より聴いておなじみ。♪・・Do not forsake me oh my darling・・♪

 主演はゲーリー・クーパー、新妻役にグレース・ケリー。1952年製作、昭和でいうと27年、70年前。あらすじは、ある西部の田舎町の保安官が任期を終え若い伴侶も得て町を出ていこうとしている。

 そこに数年前捕まえて刑務所に送った悪人が釈放されて戻ってくる。もう役目は終わったのだから去ればいいのに男は最後まで職責を全うしようとする。新妻の反対も振り切って一旦出た町に戻り、自警団を組織しようとするが誰もそれに加わらない。

 悪人は12時(ハイヌーン)の汽車でやってくる。かつて町は悪人に酷いことをされ、それを捕まえた保安官に感謝しているのだが、仕返しが怖くて見て見ぬ振りをする。時間が迫る。結局1対4の決闘。

 

 良い映画でした。面白かった。実にシンプルな正義の保安官映画でしたが良くできたシナリオです。12時まで残る時間はあと何分という時限とドラマの進行が同時で、頻繁に現れる柱時計その他の時計の針が巧みに緊張感を盛り上げる。

 結局最後は新妻の助けもあり4人を撃ち倒し、町を去って行くんですが、なかなか寓意に満ちた話です。悪の限りをつくし嫌われ恐れられている悪漢て、まるでロシアではありませんか。一方見て見ぬ振りをしている町の人。

 今の穏やかな生活を失いたくない。戦って命を失い家族を路頭に迷わせたくはない。保安官さえいなければ厄介はなかった。みんな自分に都合の良い言い訳を考えて目の前の困難から目をつぶり逃れようとする。

 しかし愚直に男は一人で戦って悪漢ばらを倒します。脚本は、監督は、「男は闘え」と言ってるんですね。悪漢から一時的に逃げたって奴はしつこく追ってくる。一時しのぎにしかならない。目の前の現実、困難から逃げるなと言ってるんでしょう。

 この映画の主人公ゲーリー・クーパーウクライナを重ねちゃった。見て見ぬ振りの街の人たちは欧米各国。しかし、映画では最後まで町の人は手を貸さなかったけれど欧米は孤軍奮闘のウクライナを見て手助け、声を上げだした。

 

 それでもこの戦争の結果は判らない。プーチンはあくまで強気だし、制裁でロシア経済はガタガタで追い詰められ何やるか判らない。

 ゴルゴ13がいて仕事をしてくれたら解決しそうだけれど、さいとうたかをも亡くなったし。

 いずれにせよこの状況は世界の様々な歪みが凝縮されウクライナに表出したもの。逃げだしゃ命は助かると軽く云うけれど命より大事な大義だってある。

 ウクライナはその為逃げずに戦っているんでしょう。テレビ芸人が云う言葉の軽い事。

 

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 子供の頃インディアンをやっつける西部の男たちは格好良く見えた。この映画は制作会社の受けはよくなかったらしい。主人公は格好良いけれど街の人たち、アメリカ市民の情けない姿が映し出されてる。

 やがて西部劇もヒーローの影を捉えるニューシネマの時代になって格好悪い事実も抉られ始める。ウクライナ問題も根は相当複雑でしょう。でもそれでプーチンの侵略が正当化されるわけではない。

 核ミサイルで脅かせば逃げ出して国が奪えるとなれば次に中国が控えてる。そうではない事を知らしめるためにも世界はウクライナに加勢してロシアの狂奔を退けるべきでしょう。

 逃げ出せば命は助かるなんて云い方、日本人の尊厳、誇りを教えてこなかった戦後教育の悪しき成果。