晴れたり曇ったり

毎日空を見て暮らしています。良い天気の日もあるし曇ったり荒れたりする日もあるし、日々繰り返し。

岐阜のグランドキャニオン 山の上からの眺望

 いつもは毎週月、火と山登りに行くんですが今週は台風14号が来たせいで月曜日は取り止め。翌火曜日は強い風が残ったものの晴れたので出掛けて来ました。

 水曜日、昨日は、週2回という生活のリズムが出来てるので当たり前のように用意して出掛けたんですが、いつもとは違う山へ出掛けて来ました。

 少し前にテレビの地方ニュースで、町おこしに岐阜のグランドキャニオンという惹句をつけ、その眺望を紹介してるのを拝見。なるほど山の頂から見る風景、彼のグランドキャニオンに似てると云えば似てる。

 スケールが違い過ぎるからちょっと背伸びだなぁと思う所はあるけれど(行った事ないし写真で見ただけなんですがね)わが町の事を知って貰いPRする心意気は理解できます。

 実はそのニュースを見たから出掛けようと思ったわけじゃなくて、たまたまその町役場へ出掛ける用事が出来、ついでに山登りをしたという次第。

 母親が去年の5月に95歳で亡くなって、住んでた家が空き家になってしまい、放っておくわけにも行かないので登記の書き換えをする事になり、その為には母親の出生からを記録した謄本が必要。

 母親の父親、母方の祖父は明治16年生まれ、若い頃朝鮮にわたり自営の町工場を営んでその地で5男4女をもうけ終戦で引き揚げてきたという経歴。だから母親は朝鮮生まれの朝鮮育ち。

 母親が私の父親と結婚し私が生まれたという謄本はあるけれど、母親が確かに祖父の子として朝鮮で生まれたというその前の記録は無い。それを求めて祖父の生まれ育った地の役場に連絡。

 有りますという返事を貰ったのでそれを受け取りに出掛けてきたわけです。役場の窓口で受け取る時、こんな古い記録もきちんと残ってるなんてすごい話ですねぇと係の人にお礼方々感じた事を申し上げました。

 矢張り日本は記録の国だ。古来より、万葉集古事記日本書紀源氏物語日記文学御伽草子、絵草子も含め文字が残ってる。中世以降の政治の記録は云うに及ばず、江戸期の武士、庶民の日記まで、兎に角なんでも片っ端から記録してる。

 母方の祖父の、曾祖父の名前まで、この人は江戸時代の生まれでしょう。この地にあって暮らしていたという確かな記録。手書きのそれが残ってました。いささか感じる処あり。

 ここまでキッチリとしたものが残ってるとなると、戸籍や国籍ロンダリングなんて出来ませんね。これを嫌がって何とか無くせないかと思う人も出てくる。漢数字の手書きだから誤魔化せない。

 手数料750円を支払って町役場を後にして山登り。町がPRしてるから駐車場なんかも公民館の利用ができるしトイレも貸してもらえる。停めてから一応声をかけて置いたら「お気をつけて」

 
 登り始め

 

 これから登る山、遠見山。

 

 登山口。登山道は整備されているけれど中々に急で道幅も狭い。「お気をつけて」と声をかけたのはそういう意味もあったんだ。

 

 登り始めにある前島拱渠 この(きょうきょ)という言葉初めてお目に掛かります。調べたら土手を築いて線路を敷く際その下に作る通路の事のようで、気が付かなかったけれど地図を見たら高山線が上を走ってました。

 

 平日の午前、登る人は少ないと思ってたら意外と老若男女と途中ですれ違いました。カメラとマイクを持った6,7人の撮影と思しきクルーにも出会い、あれは何だろう、テレビの取材だったのか。

 

 頂上からの展望。多分グランドキャニオンほどのスケールや荒々しさはないんでしょうが、飛騨川は穏やかに水をたたえ、川沿いの町の静かなたたずまいがありました。

 母方の係累をたどって行けば今もこの地で暮らす同じDNAを持つ親戚が居るんだろうなぁと思いながら下山。 
 

 

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