晴れたり曇ったり

毎日空を見て暮らしています。良い天気の日もあるし曇ったり荒れたりする日もあるし、日々繰り返し。

沖縄追悼の日 「ミスタア・ロバーツ」 特別攻撃隊

 6月23日は沖縄の日。岸田首相はこの追悼式に出席。本来ならば参院選の公示日は23日なのが前倒しされて22日になったのはこの追悼式があった為。

 少し前に、特攻隊の事を書いて、昭和20年5月27日、沖縄防衛の為若い航空兵が鹿児島の基地を飛び立ち沖縄近海に散華したというエントリー

 この時彼らが特攻したアメリカ軍艦の名は判りませんが、wikiを探すと1945年5月28日に攻撃を受けた艦の記載があります。駆逐艦「ドレクスラー」

 ドレクスラー (駆逐艦)

 (引用)

 ・・5月28日7時ごろ、2機の特攻機がドレクスラーとロウリー  に突入する。

 ・・これらは雨雲を突き抜けて突撃してきた。

 ・・1機目は両艦の砲撃および戦闘哨戒任務に当たっていた戦闘機の攻撃で撃墜した。

 ・・2機目はドレクスラーの真正面方向から突入し、艦後部に突入してボイラー室と機械室をつなぐ蒸気パイプを破壊した。

 ・・別の特攻機が炎上するドレクスラーの上部構造物に突入。ドレクスラーはすさまじい爆発が続き、右舷に傾斜。

 ・・2機目の突入後一分に満たない時間、艦尾から沈没していった。

 ・・短時間で沈没したため158名が死亡、艦長を含む52名が負傷した。

 この特攻は菊水8号作戦とあるので5月27日の第72振武隊とは別作戦だったのかも知れません。

 同じくwikiで戦艦ミズーリの記述。

 ミズーリ (戦艦)

 (引用)

 ・・1945年、硫黄島攻撃、日本本土攻撃、4月11日午後、特攻機(爆装零戦)1機が低空飛行で右舷甲板に突入した。突入機の右翼は第3副砲塔上にぶつかり、燃料に引火した。表面に軽微な損傷を受けたが、速やかに鎮火した。

 ・・突入機の操縦員の遺体の一部が40mm機銃座から回収され、ミズーリのウィリアム・キャラハン艦長はこの操縦員を名誉を持って自らの任務を全うしたとして海軍式の水葬で弔うことを決定した。

 ・・この操縦員の官姓名は長らく不詳であったが、ミズーリ記念館の調査の結果、鹿屋航空基地を出撃した第五建武隊の石野節雄二等兵曹機であったと判明した(同時に突入した同じく第五建武隊石井兼吉二等兵曹機の可能性もある。

 
 ミズーリはその後も日本本土攻撃に参戦し、戦後は太平洋戦争での日本の降伏文書調印式場として甲板上が使用された歴史的な戦艦で今はパールハーバーに記念艦として係留、保存。

 

 
 小学校6年生の時、九州の田舎町の映画館に、いつもは松竹映画あたり掛かっていたのに洋画が上映されて、うちの母親は洋画を見に行くと云えばお金をくれたのでせびって見に行きました。子供30円。

 題名は「ミスタア・ロバーツ」太平洋戦争末期、南太平洋を航行するおんぼろ輸送船を舞台にその乗組員たちの姿を描いた中々に愉快な映画で主演はヘンリー・フォンダ

 これは男たちの映画、小学生でもよく理解出来た。ミスターロバーツ役のヘンリー・フォンダより脇役のジャック・レモンが印象に残り彼の名前を覚えた最初。監督はジョン・フォードで途中からマービン・ルロイ。

 後年、文春文庫で「大アンケートによる洋画ベスト150」という本が出て、この中で週刊文春の映画欄評者だった田中小実昌がベスト男優にヘンリー・フォンダを選び、その代表作に「ミスタア・ロバーツ」を上げています。

 田中小実昌は大好きな作家だったからこれには私大喜び。映画史の中ではあまり取り上げられる作品じゃないけど、なんせジョン・フォード映画でもあるし子供の頃に見たお気に入り映画だったから嬉しい。

 とはいえ昔観た映画だから記憶もキレギレ。ビデオテープを探しその後DVDを購入。大人になってから見ても、いや大人になってからの方が数倍楽しめます。

 笑いとペーソス、映画の終わり、対立する艦長に転属願いを出しても拒否され続けていたがある事件で戦艦勤務がかなう。やがてロバーツ中尉から3週間遅れの手紙が輸送船に届く。

 沖縄戦線で駆逐艦勤務をしているという便り。同じくジャック・レモンにロバート中尉と同じ艦に乗る友人からの手紙。読んでいたジャックレモンは途中で凍り付く。

 「ミスターロバートは死んだ」日本の神風特攻機によって、コーヒーを飲んでた時に・・こうして映画はエピローグへ。戦闘場面のない、これも戦争映画。

 

 戦後77年、昨日、沖縄戦での戦死者慰霊の日。1945年5月、沖縄戦で米艦隊に突撃していった若い航空兵。”Jap's Suicide Plane”と恐れた米艦隊。

 特攻を受けて火災を起こし撃沈した米駆逐艦。同じく特攻を受けた戦艦ミズーリ号。特攻した兵士の亡骸を、祖国の為に戦った勇士として水葬で弔ったミズーリ号艦長。

 1955年昭和30年、戦後10年経って作られたハリウッド映画。もとは1948年に出版された小説が元になった舞台劇。ドレクスラー、ミズーリ号の特攻被災の記憶はベースにあるんでしょう。


 
 昨日のNHK、今朝の中日新聞、沖縄追悼を報じ平和の大切さ、戦争は二度と繰り返さないと声を拾うけれど、具体的にどう平和を守るかについてはいずれも、外交で平和、9条守れ、沖縄に基地はいらない。

 日本の回りはゴロツキ国家ばかりなんだから、話し合いの通じないゴロツキにはゴロツキへの対応が必要。ウクライナ戦見てりゃよく判る。手が出せないなぁと相手に思わせる軍備、これが抑止力。

 今のところ沖縄の米軍基地はその抑止力を発揮してるから中国は手を出さない。米軍が居なくなりゃ中国は沖縄への侵略即行。ロシアも北海道に攻めてくる。

 ガラパゴス日本式平和主義は平和に何の役にもたたない事をそろそろ気が付きましょう。かえって侵略促進剤ですね。